小月地区

 星ふる町小月は笠山の麓に開けた町。「小さい月」 とは昔、隕石が落下したからとも言われている。また、高尾山、長尾山、無田之尾山の尾に付いた里の意昧から尾付(オヅキ)。高尾山の尾に船着場があったので高尾著(タカオヅキ)からオヅキになったとも。夜空に瞬く星を見ながら、この町に小月(小さい月とは星のこと)という名前を考えたのだとしたら、古代の人々のロマンを感じる。また、小月の地で生まれた星里焼も忘れがたい。そして、今も昔もこのあたりの交通の要である。馬が交通手段であった時代、山陽大路の「宅賀駅」があり、馬を乗り換えたりわらじを履き替えたりして賑わっていた。 明治には山陽鉄道「小月駅」 が設置され、大正7年に小月~西市間に長門鉄道が開通し、西市、俵山温泉への近道となりより重要な交通の要衝となった。 その長門鉄道は昭和31年の春、町の人々の大合唱「蛍の光」で最終列車が見送られたそうだ。その後、次第に輸送子段はバスやトラックなどに変わっていき、車社会の現代、下関の東玄関、小月ICを中心に物流の拠点、歴史と文化薫る住みよい町としてその役割が期待されている。

小月神社               位置案内

 

 

 小月神社は、応神天皇と仁徳天皇を祭る。その昔は若宮八幡宮で、明治四十二年に中村の上の宮八幡宮と併合し小月神社となった。 

 宝物は、天文四年(1535)周防介朝臣大内義降の献納した太刀一腰や、元録十四年旧清末 藩主毛利元平公寄進の社名額外六点がある。